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東京地方裁判所 昭和34年(行)79号 判決

原告 オリンパス商事株式会社

被告 大蔵大臣

訴訟代理人 真鍋薫 外三名

主文

被告が原告の訴願につき昭和三四年五月二一日付蔵税第八七五号をもつてした「訴願人が関税の徴収に関して提起した訴願はこれを棄却する。」旨の裁決はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

原告代理人は主文と同旨の判決を求め、被告代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二当事者双方の主張

一  原告代理人は、請求の原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。

(一)  神戸税関長は、別紙物件目録記載の自動車(以下本件自動車という。)に関し、昭和二九年法律第六一号による改正前の関税法(以下旧関税法という。)第八三条第四項にもとずき原告が同項にいう「犯則当時の貨物の所有者」に該当するものとして原告に対し昭和三三年一一月一七日付で税額金二八一、五二〇円の関税賦課処分(以下本件賦課処分という。)をしたが、原告は右賦課処分を不服として神戸税関長に対し昭和三三年一一月二八日付で審査の請求をしたところ、同税関長は同年一二月二六日付で右請求を棄却した。そこで原告はさらに被告に対し昭和三四年一月二一日付で訴願の申立をしたが、被告は同年五月二一日付蔵税第八七五号をもつて右訴願を棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)をした。

(二)  しかしながら本件賦課処分は次のような理由によつて違法であり、これを正当として認容した本件裁決もまた違法である。

(1) 本件自動車はもと米国軍人某の所有であつたが、昭和二九年二月二八日、西田経一は右某が帰国するに際し、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条にもとずく行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律(以下臨時特例法という。)第一二条にもとずく輸入免許、関税の納付等の手続を経ることなく同人から右自動車を譲り受け、さらに税関吏等と共謀の上通関書類を偽造し、これを情を知らない原告に示して本件自動車が正当に輸入されたものと誤信させ、昭和二九年六月二日原告にこれを売り渡し、同日陸運事務所において右偽造書類を使用して道路運送車輛法にもとずく原告名義による本件自動車の登録手続をした。

(2) 神戸税関長は右登録の日に西田らによる関税ほ脱の犯則が行われたものとし、旧関税法第八三条第四項により原告を犯則当時の所有者と認めて本件賦課処分をしたが、本件自動車につき関税ほ脱がなされたのは西田が米国軍人から本件自動車を譲り受けた昭和二九年二月一八日ごろであつて同人が偽造書類を行使して本件自動車の登録をした時ではない。すなわち臨時特例法第一二条によれば、本件自動車など同法第六条の適用を受けて関税を免除される物品(以下免税品という。)を日本国内で譲り受けようとするときは当該譲受は輸入とみなされ、関税法及び関税定率法の適用を受けるのであるから、西田が本件自動車を米国軍人から譲り受けようとする場合は旧関税法第三一条にもとずいて関税の申告をなし、関税を納付すべきであるから、西田が関税の申告をすることなくその譲渡を受ければ右譲受行為と関税の不申告により関税ほ脱罪の構成要件は充足される。要するに旧関税法第七五条による関税ほ脱者西田が同法第八三条第四項の犯則当時の貨物の所有者に外ならない。

(3) 旧関税法第七五条は関税ほ脱罪の要件として積極的な不正行為の存在を要件とはしておらず、この点において物品税法第一八条、旧所得税法第七四条、新関税法第一一〇条等の規定とは明らかに異つている。すなわち旧関税法における関税ほ脱罪は関税未納の貨物であることを認識しながら税関の免許を受けないで不正に貨物を引き取つて輸入することによつて成立し、臨時特例法の適用を受ける免税品の場合にはこれを米国軍人等免税特権者から不正に譲り受けたときに成立する。

(4) 臨時特例法第一二条は免税品の譲受を関税法にいう輸入とみなしているが、右譲受の意義については特に規定のない以上関税法独自の解釈をすべきではなく、一般私法上の意味に解釈すべきである。しかして一般には譲受とは目的物の権利を移転することを内容とする民法上の売買、贈与、交換等の譲受契約の意思表示をいうが、臨時特例法、旧関税法によれば免税品を譲り受けようとするときは事前に税関に申告しなければならないのであるから、免許を受けることなくあるいは関税を納付することなくこの譲受の意思表示が行われれば免許を受けずあるいは関税を免れて輸入したこととなるのは明らかである。自動車の登録は第三者に対する対抗要件にすぎず、当事者間の譲受契約の効力には何ら影響がない。もつとも法令上登録を受けなければ原則として運行の用に供することはできないが、事実上は駐留軍人用のナンバーのまま、またはいわゆる仮ナンバーによつて運行することもできるし、あるいは運行の用に供せずして他に処分して利益を得たり、事実上担保に供したりすることは屡々行われているのが実情であるから、登録未了だからといつて譲受行為の実効がないとすることはできない。要するに当該物件が輸入(免税品の場合は譲受)しようとする者の実力的支配下におかれれば輸入は完了したものというべく、対抗要件が具備しているか否かは輸入の完了とは何ら関係がない。

(5) 関税ほ脱罪の要件としての関税の免脱は、関税の賦課が絶対的、物理的に不能となり、納税義務が絶対的に消滅してしまうことをいうのではなく(関税の徴収は時効完成にいたるまで不可能でなく、免脱を発見すればいつでも賦課徴収ができる。)、本来正当な手続が履行されていたならば当然に関税が賦課され、納付されていた筈の時期において関税が納付されなければそれのみで関税免脱の結果が発生する。しかして臨時特例法の適用を受ける免税品を譲り受けようとする場合には予めこれを申告して免許を受け、所定の関税を納付した上で始めて譲り受けるべきものであるから、所定の関税は譲受以前に賦課され、納付すべく、もしこれらの手続を怠つて無申告、無免許で譲り受け、あるいはこれを引き取れば直ちに関税免脱の結果を生じ、関税ほ脱罪が成立するものというべきである。譲受後に税関に発見されて関税の賦課納付がなされ、あるいはその後通関書類を偽造し、これを用いて登録等の行為をしたとしてもそれは事後の問題にすぎず、関税ほ脱罪の成否には関係がない。ことに自動車については関税の納付は登録をするための前提要件となつているものであるから関税賦課、納付の問題は観念的にも事実上も登録にさきだつ段階のことであつて、関税免税の成否は登録とは無関係に決せられるべき事柄である。

(6) 旧関税法第八三条第四項の趣旨は、元来正当な手続を経て貨物が輸入される場合にはその輸入当時の所有者は輸入に際して当然に関税を納付するものであるのにかかわらず、たまたまその関税が免脱された場合にそのまま放置すればその所有者がその善意悪意を問わず当然納付すべき関税を免れて不当な利得をする結果になるので、かような場合には事後において当時の所有者をして関税を納付せしめんとするに外ならない。しかして本件自動車は昭和二九年二月二八日頃西田が米国軍人より譲り受けたのであるから、もともと正当な手続を経ていれば関税は当然西田が右譲受に際して納付すべきものであつたのであり、したがつて旧関税法第八三条第四項の適用についても関税が西田に賦課され、同人がこれを納付すべきことはむしろ当然である。原告は西田からその後に善意で譲り受けたのであつて、本来関税の納付義務を負わないのであるが、これをもし旧関税法第八三条第四項にもとずいて関税を納付しなければならないものとすれば、原告はさきに他人が納付すべきであつた関税を自己の関与しない他人の不正行為によつて賦課され、もつて財産上の不利益を蒙るという不当な結果を生ずることとなつて私有財産権を保障した憲法の規定にも違反する。

(7) 西田が本件自動車を譲り受けた当時、米軍内部では旧関税法の規定に矛盾するような自動車売却手続が行われていたため税関も事実上譲受の事後申告を認め、事後申告をした者は関税ほ脱犯として扱つていなかつたとしても、これは行政庁が便宜違法状態を黙認していたものにすぎず、かような行政庁の便宜の取扱によつて法律の規定を変更できないことはいうまでもない。ただ事前申告の意思があつても事実上できないような実情において事後申告がなされた場合には、関税ほ脱罪の構成要件の充足は別として有責性あるいは違法性が阻却されるために犯罪が成立しない場合があることは考えられる。しかし本件のように当初から関税ほ脱の意思があつて申告をしなかつた場合には、無申告、無許可で譲り受けたときに直ちに構成要件に該当さる有責違法な関税ほ脱行為が完成することは明らかである。また当初から関税のほ脱の意思があつたことは偽造文書による登録等により後になつて明らかとなることが多いと思われるが、それは単に後になつて犯罪が発覚し、あるいは後の事実によつて譲受当時におけるほ脱の意思がさかのぼつて推定されるにすぎないのであつて、その時になつて犯罪が既遂に達するものではない。もし被告主張のように登録行為がなければ自動車の輸入につき関税ほ税罪が成立しないとなれば、外国から自動車が輸送されて輸入された場合に輸入者が何らかの不当な方法によつて申告をすることなくかつ関税を納付しないで事実上引き取つた場合には、その後放置され、あるいは登録をなされず転々と譲渡されてもいつまでも関税ほ税罪が成立しないという不合理な結果となる。被告は旧関税法第八三条第四項の犯則は未遂及び予備を含むので不合理ではないと主張するが、しかし被告の見解によれば関税ほ脱とは詐欺その他の不正行為によつて関税免脱の結果が生ずることをいうのであるから、輸入後放置したままで通関書類の偽造あるいはこれを呈示して登録を受けるなどの積極的行為の実行に着手しない限りは未遂ということはありえず、またこれらの準備に着手しない以上は予備ということもできないので関税未納のまま登録もせず放置し、あるいは転々譲渡されてもいせん犯則は行われないものといわざるを得ない。

(8) 仮りに当時の実情からして事前申告を怠つて譲受をしたのみではまだ関税ほ脱罪の構成要件を充足しないとしても、およそ関税を納付すべき時期においてその納付を怠れば直ちに関税ほ脱罪が成立するのであるから、少くとも譲受後事後申告をして関税を納付するに要すると合理的に認められる期間の経過後は関税ほ脱罪は既遂に達するものと解すべきである。

(9) 以上のことを綜合すれば神戸税関長が原告を旧関税法第八二条第四項にいう「犯則当時の所有者」と認めてした本件賦課処分は法律の解釈適用を誤つたもので違法であることが明らかである。

(三)  以上のとおりであるから原告は本訴において本件裁決の取消を求める。

二  被告代理人は、請求原因に対する答弁及び被告の主張として次のとおり陳述した。

(一)  請求原因(一)記載の事実は認める。同(二)(1)記載の事実は認める(但し原告が西田より本件自動車を譲り受けたのはおそくとも昭和二九年五月二七日頃である。)。同(二)(2)記載の事実のうち神戸税関が原告主張のような認定をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。原告のその余の主張は争う。

(二)  関税をほ脱するとは不正な方法で貨物を輸入し、関税の適正な賦課を免れることであり、貨物の輸入と関税の免脱の結果があつてはじめて関税ほ脱罪は既遂に達する。旧関税法第七五条は単に「関税をほ脱したる者は丶丶丶丶丶丶丶丶丶」と規定し、詐欺その他不正の行為があることを構成要件として明示している他の税法の規定とは稍規定の仕方が異るが、しかし関税法は輸入規制によつて関税収入をはかるのを目的の一つとしているのであるから、輸入規制を破る積極行為によつて関税の賦課が妨げられ、その免脱の結果が発生しなければほ脱の既遂は成立せず、したがつて単なる不申告という不作為によつては不十分であると解すべきである。

(三)  関税法にいう輸入とは外国から本邦に到着した貨物を、保税地域を経由するものについてはこれを経て、本邦に引き取ること、換言すれば外国貨物を関税線を越えてわが国内に入れ、自由に処分し得る状態に置くことであるが、関税免脱の結果は不正に関税線を越えることによつて発生するということができる。すなわち関税は申告納税制度によつていないので原則として申告を一資料として権限ある税務官庁が賦課決定をするのであるが、何らかの不正な行為によつて過小に賦課決定をさせ、又は決定を困難ないし不能ならしめる結果を生ぜしめれば適正な関税の賦課を免れたものということができるのであつて、かような事態は一般に輸入、すなわち貨物の本部内への引取という事実行為が不正に行われ、したがつて関税線を不正に越えたときに現出する。

(四)  臨時特例法は免税品の譲受を関税法上の輸入とみなしているが、臨時特例法と関税法では規制の方法が異るので関税ほ脱の成立に関連して具体的にいかなる場合に関税免脱の結果が発生したものと認めるのが合理的であるかは一概にこれを決することはできず、税務官庁の権限行使の態様、取引の実情その他広く社会通念に照らして決しなければならない。しかるときは権限ある税務官庁が一応当該物件につき適正な通関手続を経たと認めることが妥当とされるような状態に達した時に関税線を越え、したがつて関税ほ脱は既遂に達したものと解するのが相当であり、それ以前に譲受があつてもなお未遂にとどまるといわなければならない。すなわち税務官庁が関税未納物件として関税賦課の権限を行使するため貨物を追求して賦課決定をなし得るような状態にある時はほ脱の未遂ないし予備の段階にとどまるものであつて、その範囲を越えて税務官庁がその権限を行使し得なくなり、又は行使を断念しても不合理と認められない状態に達したときにいたつてはじめて関税線を越え、したがつて関税免脱の結果が生ずることとなるのであり、それによつてほ脱の既遂が成立するものということができる。

(五)  本件自動車は西田が昭和二九年二月一八日頃米国軍人から譲り受けたものであるが、その段階においては関税線を越え、税務官庁が賦課決定をするにつき困難又は不能ならしめられたということはできず、せいぜいほ脱未遂の程度にすぎない。けだし自動車はその登録を受けなければ運行の用に供することはできないし、また対抗要件を備えなければ完全に自由に処分することもできないからその意味で自動車を完全に引き取つたとはいうことができないのみならず、税関の当時の実際上の取扱からいつても譲受後も一定期間は輸入申告をとくに認めて関税賦課の手続をとつていたのが実情であつたからその後においても賦課権を行使することは可能だつたのである。しかし、西田はおそくとも昭和二九年五月二七日頃までに本件自動車を原告に譲渡し、同年六月二日不正な通関書類を添付して登録を経由したので、これによつて本件自動車は一見正当に通関手続を経たような外観を呈し、自由に運行処分し得る体裁を整え、税務官庁においても一応関税賦課決定を断念しても必ずしも不合理とはいえないような状態に達したのであるから、この時に関税線を越えて本邦内に引き取られたものと解することができる。すなわちこの時はじめて既遂の時期に達したということができるのであつて、かような見解に立つて本件自動車の当時の所有者である原告に対して関税を賦課した本件賦課処分、さらにこれを維持した本件裁決は適法である。

(六)  原告は、輸入とみなされる譲受行為の成立と関税の不申告により関税ほ脱の既遂が成立すると主張するが、予備、未遂はともかくとして関税ほ脱罪の既遂が成立するためには関税を免れる結果が発生しなければならないことは前述のとおりであり、しかも関税は直税と異り間税と同様賦課課税制度をとつているので申告そのものには何らの課税の効果はなく課税権発動の一資料にすぎない。したがつて不申告という不作為はほ脱には何の影響も有しない。また旧関税法第八三条第四項にいう犯則とは関税ほ脱罪の既遂のみをいうのではなく、禁制品輸入、ほ脱、無免許輸入の各犯罪の予備、未遂をも含む趣旨であることは明らかであり、したがつて通関手続を経ないで未登録のまま輸入自動車が転々と譲渡された場合にもほ脱未遂罪あるいは予備罪の犯則ありとして該当者から関税を徴収することができるので何ら原告の主張するような不合理はない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  神戸税関長が本件自動車に関し、旧関税法第八三条第四項にもとずき、原告が同項にいう「犯則当時の貨物の所有者」に該当するものとして原告に対し税額金二八一、五二〇円の関税賦課処分(本件賦課処分)をなし、原告はこれを不服として神戸税関長に対し審査の請求をしたが、同税関長はこれを棄却したので原告はさらに被告に対して訴願の申立をしたところ、被告は昭和三四年一月二一日付蔵税第八七五号を以て右訴願を棄却する旨の決定(本件裁決)をしたこと、本件自動車はもと米国軍人某の所有であつたところ、昭和二九年二月二八日、同人が帰国するに際し、西田経一が臨時特例法第一二条及び旧関税法の規定にもとずく輸入免許、関税の納付等の手続を経ることなくこれを譲り受け、その後西田経一は税関吏と共謀の上通関書類を偽造してこれを原告に呈示し、本件自動車が正当に輸入されたものと誤信させてこれを原告に売り渡すとともに右偽造書類を使用して原告の名義にその登録をしたことは当事者間に争がない。

二  そこで本件における唯一の争点は旧関税法第八三条第四項にいう「犯則当時の貨物の所有者」が果して神戸税関長が認定したように原告であるか、あるいは原告の主張するように訴外西田経一であるかということであり、その前提として本件において西田の関税ほ脱罪はいつ既遂に達したかということである。当裁判所は結論としては本件ほ脱罪は西田経一において右米国軍人から所定の手続を経ることなく本件自動車を譲り受けた時に既遂に達したものであり、従つて右西田を犯則当時の貨物(本件自動車)の所有者と解するが、その理由は次のとおりである。

(一)  本件自動車が臨時特例法第六条に規定する関税を免除された物品(免税品)であることは前記当事者間に争のない事実から明らかであるが、同法第一二条は合衆国軍隊、合衆国軍隊の公認調達機関、軍人用販売機関等、合衆国車隊の構成員、軍属、これらの者の家族及び契約者以外の者(以下非免税特権者という。)が免税品の譲受を日本国内においてしようとするときは当該譲受を輸入とみなして関税法及び関税定率法の規定を適用する旨規定している。他方旧関税法第三一条によれば貨物の輸入をしようとする者は税関に申告し、貨物の検査を経て免許を受けなければならないが、同法第四条は関税は輸入申告者から徴収すると規定しているから、旧関税法は関税を納付すべき外国貨物についてはあらかじめ関税が納付された後でなければ輸入の免許をしないのをたてまえとしているものと解せられるのであり(現行関税法第七二条は関税を納付すべき外国貨物については関税が納付された後でなければ輸入を許可しない旨を明定している。)、さらに同法第三四条は輸入貨物は輸入の免許を受けた場合かあるいは税関の認許を得て税額に相当する担保を提供した場合の外はこれを引き取ることができないと規定している。

(二)  旧関税法第七五条は関税ほ脱行為を犯罪として規定しているが、同条にいう「関税をほ脱したる者」とは要するに不正に関税を免脱した者、すなわち関税債権を正当な税額よりも不当に低額に確定させ、あるいはこれを確定させるべきときに確定させないなど関税債権の正当な具体的確定を妨げて関税の収納を減少させる原因となる行為を行つたものをいうものと解すべきである。しかして貨物を輸入しようとする者は前述のとおりあらかじめ税関に申告し、その結果税関から関税の賦課を受けてこれを納付しなければ輸入の免許を受けられず、したがつて税額相当の担保を供した場合の外は当該貨物を引き取つて輸入することができないのであるから、正規の通関手続を経ることなく関税未納の貨物を購入したときは税関をして本来関税を賦課徴収すべき時期においてその賦課決定の機会を失わしめてこれを不能ならしめ、その結果不正に関税を免れたものというべく、ここに旧関税法第七五条の関税ほ脱罪が成立するものと解するのが相当である。もつとも輸入の申告及び免許もなく貨物が輸入された場合においても税関は関税を賦課徴収することが全く不可能となるわけではないけれども、それは法律に定める例外的な場合に限られ、旧関税法が輸入前に申告をさせて関税を賦課徴収することをたてまえとしていることに変りはないから、申告をしなかつたために輸入前の関税の賦課徴収を免れればそれだけでやはり不正に関税を免れたものというべきである。

被告は旧関税法の関税ほ脱罪は詐欺その他積極的な不正行為がその構成要件とされており、単なる不申告という不作為によつては同罪は成立しないと主張する。たしかに所得税や法人税などのほ脱罪は単に所定の申告をしないだけ(単純不申告)では成立せず、詐欺その他の積極的な不正行為によつて税金を免れた場合にのみ成立すると解すべきであろうが、これは所得税法や法人税法が申告納税制度を採用して納税義務者の申告を税額決定の基礎とする建前をとつてはいても納税義務者の申告がなければ税務当局は一定の期間はいつでも納税者の所得を自ら調査認定して賦課徴収することができるので納税義務者が単に申告を怠つたのみではまだ不正に税金を免れたとはいえないからに外ならない。これに対して関税の場合には、あらかじめ輸入の申告をすることなく従つて所定の関税を納付することなく貨物を輸入すれば、すでに不正に関税を免れる行為があつたものと解すべきであることは前述のとおりであるから、旧関税法の下における関税ほ脱罪の成立に関する限り輸入の申告をすることなく貨物を輸入したということの外に必ずしも詐欺その他積極的な不正行為があつたことを要しないものと解するのが相当である。

(三)  右に述べたことは臨時特例法第六条の適用を受ける免税品を非免税特権者が日本国内において譲り受けようとする場合においても妥当する。すなわち臨時特例法第一二条によつて非免税特権者の譲受は輸入とみなされ、旧関税法の適用を受けることは前述のとおりであるから、非免税特権者が免税品を日本国内で譲り受けようとする場合にはやはりあらかじめ税関に申告して関税を納付しなければならないのであり、申告をすることなく免税品を譲り受ければ一般の貨物の輸入の場合と同じく旧関税法第七五条の関税ほ脱罪を構成するものと解しなければならない。免税品の譲受の場合に限つて関税ほ脱罪の構成要件をことさら別異に解しなければならない法律上の根拠はない。ただし免税品の譲受以前に申告をなさしめて関税を賦課徴収することを建前とする臨時特例法第一二条、旧関税法第三一条等の規定の趣旨から考えれば、ここにいう「譲受」は売買、贈与等単なる所有権移転の意思表示ではなく所有権の移転に伴う免税品の引渡の趣旨と解しなければならない。

原告は免税自動車の場合にはその引渡を受けても登録がなされない間は完全にこれを引き取つたとはいえないからその段階ではまだ関税を免れたとはいえず、したがつて関税ほ脱罪はまだ既遂に達しないと主張する。なるほど免税自動車は非免税特権者が正規の手続を経ないで引渡を受けても新規登録を受けるまでは日本国内においてこれを適法にその本来の用途に常用することはできないけれども、それ故に免税自動車の引取が臨時特例法第一二条にいう「譲受」にあたらないといえないし、また免税自動車を譲り受けた非免税特権者が適法に新規登録を受けるには税関の免許があつたことの証明書類を要するため右自動車を適法に常用に供しようとすれば結局は適法な通関手続を経なければならず、税関としてはその際に関税の賦課徴収をなし得る筋合ではあるけれども、これは通常の場合自動車登録の面からさかのぼつて正規の通関手続を確保するという効果があるにとどまり、本件の如く譲受の申告をすることなく免税自動車を譲り受けて引き取つた者が通関書類を偽造しこれを行使して当該自動車の新規登録をすることもあつて、すべての場合に関税が常に確保されるとは限らないから、とくに免税自動車の場合に限り関税の免脱の結果はその引渡によつてではなく登録によつて生ずるものとし、後者の時点をもつて関税ほ脱罪の既遂の時期と解すべき合理的根拠はない。

被告はさらに、西田経一が本件自動車を米国軍人から譲り受けた当時においては税関は免税品の譲受後も一定期間内の事後の譲受申告をとくに認めていたから単に事前に申告をすることなく譲り受けたのみでは関税ほ脱罪の既遂と解すべきではないと主張する。証人安藤平、同斉藤博の各証言及び成立に争のない乙第一、第二号証によると、当時在日米軍の内部では免税自動車の非免税特権者への譲渡についてはまずもつて譲渡代金の決済及び物件の授受を通関手続以前になさしめるという取扱がなされていたので税関としても自然事後の申告をも受け付けざるを得ないような実情にあり、事前の申告がなくとも告発等の措置をとつていなかつたことがうかがわれるのであるが、たとえ当時かような実情にあつたとしてもそれだけでは免税品の譲受(引渡)以前に税関の免許を受けなければならないとする旧関税法のたてまえが変更されたものとは解し得ず、したがつてこの現実にかくれて関税納付の意思なくして事前に譲受の申告をすることなく免税自動車を譲り受けて引き取ればその時において関税ほ脱罪の構成要件を充足することは変りはない。ただかような実情にあつたため関税納付の意思はありながら事後の申告で足りるものとして事前の申告を行わなかつた、あるいはかような状況のもとにおいては事前の申告を通常人に期待することができなかつたなどの理由で譲受人の主観的要件を欠き、結局その罪の成立を否定される場合のあることが考えられるにすぎない。従つてこのような場合は右譲受当時において譲受人に関税納付の意思があつたかどうかが罪の成否を分かつこととなり、意思の存否は外部的に認識が困難であることは否定できないけれども、それはひつきよう事実証明の問題であり、そのことの難易のため法律解釈を一、二にすべきものではない。要するに関税を納付すべき貨物であることを知りながら最初から関税を納付する意思がないために譲受の申告をすることなく免税自動車を譲り受けて引き取つた場合には、前述のような実情の有無にかかわらず、その時に直ちに関税ほ脱罪が既遂に達するものと解すべきである。しかして本件において西田経一が本件自動車の譲受の申告をしなかつたのは関税を免れようとしたためであつたことは譲渡後に通関書類を偽造行使したことから容易にこれを推測することができるのである。

(四)  旧関税法第八三条第四項は、同条第三項の追徴をする場合には貨物の関税は「犯則当時の貨物の所有者」から徴収する旨規定しており、これは原則として輸入申告を納税義務者とする同法第四条に対する例外規定であるが、この規定の趣旨は何であるかを考えてみると、要するに関税を納付すべき外国貨物(免税品)はこれを輸入しようとする者からの申告によつてあらかじめ関税が納付された後でなければ輸入(譲受)の免許をしないとする旧関税法の建前からすれば正規に輸入(譲受)の申告がなされれば当然にその申告者から輸入(譲受)にさきだつて関税を賦課徴収するはずであつた貨物が、かかる正規の通関手続を経ることなく輸入(譲受)されたために輸入(譲受)前の関税の賦課徴収が不可能となつた場合において、当該貨物を没収する場合は別としてその原価を追徴するにとどまるときは、そのままでは結局関税を課せられることなく輸入(譲受)した貨物を所有せしめたことと同一に帰着するから、犯則当時の所有者につき当該関税を賦課徴収して他の場合との均衡をはかり、一はもつて国家収入の確保をはかろうとするものに外ならないと解せられる。右規定の趣旨が果して右に述べたとおりであるとすれば、そこには「犯則当時の貨物の所有者」を納税義務者としてはいるもののむしろ多くの場合にはそれはあらかじめ輸入(譲受)を申告しなければならないのにこれを怠つて当該貨物を輸入(譲受)した者、すなわち本来の納税義務者である旧関税法第七五条の犯則者と一致すべきことを予想しており、たまたま貨物を輸入(譲受)した者がその所有者でない場合にもこれを逸することなからしめんとするにすぎないことが明らかであり、このことは同条但書の規定からもこれをうかがうことができる。

(五)  以上のとおりであるから、非免税特権者である西田経一が免税品である本件自動車を米国軍人から譲り受けるについては、あらかじめ税関に譲受の申告をなし、賦課された関税を納付して譲受の免許を受けなければならないのに、かかる正規の通関手続を経る意思なく、かつ現実その手続を経ないでこれを譲り受けて引き取つた以上、旧関税法第七五条の関税ほ脱の罪は右引取の時に既遂に達したものといわなければならず、同人がその後において通関書類を偽造し、これを陸運事務所に呈示して本件自動車の原告名義の新規登録をしたとしてもこれらの行為はいずれも関税ほ脱罪の関係では事後行為に外ならない。しかして右既遂の時に西田が本件自動車の所有者であつたことは自明であるから、結局本件において旧関税法第八三条第四項にいう「犯則当時の貨物の所有者」は原告の主張するように西田経一であると解するのが相当であり、かように解することは前述のような同項の趣旨に反しないばかりかかえつてこれに適合するものといわなければならない。したがつて神戸税関長が本件自動車に関し原告が旧関税法第八三条第四項にいう「犯則当時の貨物の所有者」に該当するものとして原告に対し所定の関税を賦課した本件賦課処分は結局において法律の解釈適用を誤つた違法な行政処分といわなければならない。従つてこれを維持した被告の本件裁決もまた違法たるに帰する。よつて本件裁決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

(別紙目録省略)

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